| 紅顔の美少年。 世の中にそういう言葉があるのは事実だが、やはり頬をバラ色に染めニコニコと楽しそうに笑っている子供を前にすれば、大人としてはなんだか意味もなく幸せな気分になるものだ。 そして美少年かはともかくとして、子供と称されるちょうどその年齢にあたるジェムはニコニコと、一見とても楽しそうな笑みを浮かべていた。 「で、どうしていないんですか?」 けれど年相応の輝かんばかりの笑顔は、惜しからむことに瞳だけがやけにどす黒かった。 今のジェムからは穏やかだけれども妙に不穏と言う矛盾をはらんだオーラが漂っている。 なるほど。笑みというものは嬉しいとき楽しいときに自然と顔に浮かぶものだが、人間は本気で怒ったときにも自動的に笑顔になるのだな。とジェムは今日はじめて学習した。 これは学院で大人しく暮らしていたらけして獲得できなかった類の知識である。もちろんそんなこと身をもって体感しない方が幸せだろうが。 「はっきり、明確に答えてくださいね」 しかしこんなに腹が立ったのは人生のうちで初めてのことかもしれない。生まれてこの方初めて感知する腹のそこから湧き上がる邪悪な感情を、ベクトルを転回することで満面の笑顔に変換してジェムは兵士に問い詰めた。 「いや、そう言われても…」 妙に迫力のあるその姿に、さすがの兵士も戸惑った様子で言葉を濁す。 「ても、じゃありません。僕は言い訳が聞きたいんじゃないんです。どうしてシュシェバツァルさんがいないのか、その理由を教えて下さい」 少し離れたところでは、触らぬ神に何とやらでシエロがその様子を見物していた。普段おとなしい人間ほど、切れたときに恐ろしいとはまさしく真実のようである。
ジェムとシエロが神殿に戻り、神官にことを伝えると彼は大急ぎで書類を調えてくれた。 あまりにも急ぎ過ぎたために神官が階段から転落するというアクシデントもあったが、それは、まあ余計な話である。 とにかくどうにか無事に書類をしたためて貰い、今度は詰め所ではなく本部の方に赴いて事情や何やらを説明すると、今度は意外なほどにあっさりと話が通った。 そのあまりのあっけなさにジェムはいささか複雑な気分になったが、つまりいくら権威が衰えつつあるとはいえ、こういった公的機関に対してはまだまだ神殿も権力を行使することが可能であるということだろう。 そうして再び詰め所に戻った彼らであるが、そこで待っていたのは目的の人物が居ないというとんでもない事実であった。
「あれだけ罪を犯した人間は許さないと言っておきながら、こうもあっさりと彼が牢から居なくなっている理由は何なんですか? 納得のいく理由をおっしゃって頂けますよね」 さながら犯人に尋問するかのように、じりじりと容赦なく問い詰めてくるジェムに観念したのか何なのか、兵士はふいっと目をそらすととうとうぼそりと呟いた。 「仕方がない。命令だったのだ」 「命令?」 思わず言葉を聞き返す。それはジェムにもシエロにも意外な返答だった。 「それってどういう意味ですか?」 訊ねてみると、彼自身みすみす罪人を逃がしたという負い目があるのか、兵士は淡々と理由を語り始めた。 「保釈金を持って現れた者がいるのだ。その者が保証人になるとのことで、こちらとしては釈放しないわけにはいかなかった」 ジェムとシエロは互いに顔を見合わせた。 「まさか神官さん、てことはないよねえ」 「そうですね。ついさっき会ったばかりなんだから、もしそんな事をしてくれていたなら何か言ってくれてるはずですしね」 だが最近になってこの街に着き、知り合いがいるとも思えない彼を一体誰が助けたのか。 「誰なんですか。その、保証人になったっていう人は」 訊ねられた兵士は無言で同僚らしい人間に視線を向けるが、その者も首を横に振る。 「分からない。上からの命令に従っただけで、直接会ったわけではないからな」 「でも名前ぐらいは聞いているんじゃないんですか?」 だが兵士はその質問にも首を振るだけだった。ジェムはむっとして眉をひそめる。 「あなたたちは立場の弱い人に対しては厳しいのに、偉い人たちにはだいぶ寛容なんですね」 彼にしては珍しくかなり辛口なその言葉に、兵士はうつむいて眉間に皺を寄せた。 「返す言葉もない」 ジェムはおや、と眉を持ち上げた。その言葉には自らの思う正義を行使できない苦渋がありありと含まれている。 意外なことにこの兵士は単に意固地なだけの人間ではないらしい。 ジェムの中で彼に対する認識が少々変わったが、今はそんなことに気をかけている場合ではなかった。 「こうなったら街で彼の居場所を探すしかないですね」 こうなればもはや仕方がないと、今後のことを話しつつも二人が詰め所を後にしようとしたとき、 「待て、私も手伝おう」 突然背後からかけられたその言葉にジェムとシエロは驚いて振り向いた。 「今日はもう上がるぞ」 室内の人々にそう言って彼は腕章を外す。どうやら本気らしいことに気付いてジェムは慌てた。 「待って下さい。それってどういう意味ですか?」 「どうもこうも、言葉どおりの意味だ。人探しをするならば、助けは何人いても多すぎることはないだろう」 「そういうことを言いたいんじゃなくって! どうして僕らに、手を貸してくれるんですか?」 それがどうしても納得できない。こちらは重大な使命がある。伊達や酔狂で手を貸されても困るのだ。 そう言うジェムを冷たい灰色の瞳が無表情を見下ろした。 「保証人について深く言及せず、彼の所在を失ったのは明らかにこちら側の落ち度であるし、彼に関しては私にとっても他人事ではない。何よりも、困っている人間をみすみす見過ごすわけにはいかない」 はっきりとそう断言する彼の精悍な顔にジェムは思わず目を奪われた。厳しいながらも真剣で誠実なその眼差しには思わず頼りにしたくなる雰囲気がある。 どう判断すればいいのか、慌てて助けを求めるようにシエロに目をやるが、彼は笑って肩をすくめるだけだった。 けして狭くはないこの街で、一人の子どもを探すためには確かに人手は多いに越したことはない。 ジェムはかなり迷った末に、その申し出をありがたく受け入れることにしたのだった。 |