
| 「あの、じゃあとりあえず、一度神殿の方に行ってみませんか?」
「神殿? 何で」 首を傾げるシエロに、ジェムはおずおずと自分の考えを告げてみた。 「えっと、ほら、もしかすると入れ違いになっちゃったのかもしれないじゃないですか。保釈金を払ってくれた人はただの慈善家で、バッツさんはすでに神殿に向かった、とか…」 さすがにそれはありえないだろう。 自分で言っておいてジェムは顔を赤くしてうつむいた。 「ご、ごめんなさい…。余計なこと言いましたね」 「いや、でも神殿に戻るというのは悪い案ではないと思うよ。うん。神官さんへの報告がてら、もう一度行ってみようか」 ジェムは自分の言動を後悔し恥じ入ったが、シエロがにこやかな笑顔でその意見を肯定したので、一同のこれからの行動が決定した。そこに兵士が新たにひとつ補足をした。 「その前に、本部によってもいいだろうか」 「本部、って警備隊の本部のこと?」 兵士がうなずく。 「神殿に行く道の途中にあるから別にかまわないけど。でもなんで?」 「調べたいことがある。少々気になることがあるのだ」 「それは、バッツ君の件に関係があることかい?」 「断言はできんがな」 そのあいまいな返事がジェムには不思議だった。 「それってどういうことですか?」 「この街で何人もの子供が行方不明になっている」 「大変なことじゃないですか!」 思わず声が大きくなった。事の重大さに対して、兵士のさらりとした言い方がやけに冷淡に感じてしまう。 「そ、それで、いったい何人くらいの子供が姿を消しているんですか?」 「確認が取れている範囲では月に二人か三人だな」 ジェムは息を呑んだ。つまりは、それよりももっと多くの子供が行方不明になっている可能性があるのだ。 「でもさ、これだけ大きな港町なんだもん。今までだってそれくらいの人数の子供は姿を消してたんじゃないの?」 シエロがあっさりと酷いことを言う。けれどもその問いに兵士は真面目な顔で首を振った。 「おまえが言っているのは家出人のことだろう。それは一応除外してある。これは家出とは思えない状況でいなくなった者だけを指した数字だ」 「例えば留置所の中から突然消えてしまった子どもとか?」 「…まあ、そんなところだ」 意地の悪いシエロの言葉を、不機嫌そうな顔で兵士は肯定した。 しかしそんな大事件、この大陸で暮らしていたジェムでさえついぞ聞いたことがない。こんな大規模な犯罪ならもっと大騒ぎになってもいいはずなのに。不思議がっていたジェムだがふいにピンと思い浮かんだ。 「わかった! 被害者はこの大陸の子じゃないんだ」 兵士がほうと感嘆の声をあげる。 「その通りだ。全員とは言わないが、被害者の過半数が他の大陸の人間だった」 「この大陸の人じゃなければどうでもいいんですか。それって酷くないですか」 ついつい険しくなる声音に、兵士は眉尻を下げてため息をついた。 「そうにらむな。私に言われても困る。それがこの街の方針だからな」 「それもあまり賢い選択じゃないけどね。今はまだよくてもいつかは噂になるよ。そうなった時困るのは紛れもなく、ここなんだから」 ジェムは初めてシエロと会った時に、交わした会話を思い返した。 ―――増殖した街の暗部を退治できるほど、この街の『剣』は鋭くない。 それはすなわち、こういう事を指し示しているのではないだろうか。 「つまりバッツ君はその子供の集団誘拐事件に巻き込まれているかもしれない、とそう思うわけなんだね」 シエロはピンと伸ばした人差し指を、くるくると回しながら首を傾ける。彼の青い瞳にはなにやら複雑な色が混じっていた。 「まあ、そんなところだ。しかしあまり人聞きの悪いことを言わないでくれ。まだ誘拐されたと決まったわけではないのだからな」 「家出の可能性もあるって? 往生際が悪いなあ」 くすくすと笑いながらも、シエロは再び苦い物でも口にしたかのような表情でぼそりと呟いた。 「でも、本当にそんな事件にバッツ君が関わっていたとしたらかなりまずい状況だと思うんだよね」 その言葉に不吉なものを覚え、ジェムはシエロをおずおずとうかがう。それに気付いたシエロはにかっと陽気に笑い、ジェムの肩をばしばしと叩いた。 「なあに、そんな気もするなって事だよ。あんまり本気にしないでくれよ。それよりもさくさくっとバッツ君を見つけて…と、その前にどうやらお客さんみたいだ」 はっとジェムはあたりを見回した。さして広くない通りとはいえ、気付けばそこに人通りはない。妙に静かな路地にいるのはジェムたちと、もうひとり。否、 「囲まれているな…」 兵士が腰に佩いていた剣に手をやる。シエロはそれを片手で制した。 ほんの数歩先でジェムたち三人と対峙しているのはまだ若い、シエロよりも若干年下の少年。だがそれ以上に気に掛かるのはあまりにも異様な彼の容貌だった。 白く化粧を塗りたくった顔面。頬を彩るのは雫型の青いペイント。真っ赤な分厚い唇は、不気味な三日月型に吊り上っている。 それはどう見ても、道化師だった。 |