| 「しかし、これかれどうするつもりだ?」
そうたずねてくるゼーヴルムに、ジェムが口を開くより早くシエロが飄々と答えた。 「とりあえず、ここから出るだけなら簡単にできそうだよね」 えっ、と目を丸くするジェムを置いて、ゼーヴルムもまたそれにうなずく。 あまりにも当然のようにそれを肯定する二人なので、このままでは本当に脱出してしまいそうだとジェムは慌てて言葉を挟んだ。 「ちょっと待ってくださいっ、脱出するならバッツさんを探してからにしないと…」 真剣に困っているとシエロは苦笑してわかってるって、と手を振った。 「と、言うか探すまでもなさそうだというのがホンネかな」 すました顔のシエロの真意を測りかね、ジェムは首をかしげた。 たしかにアンジェリカは夕食の際にバッツと会わせてくれると言っていた。もしやシエロはそれまで待つつもりなのだろうか。 しかしシエロは首を振ると、代わりににんまりと悪戯っぽい笑みを浮かべた。ぴんと立てた人差し指をくるくる回す。 「だってさ、考えてもご覧よ。あのバッツくんだよ? 彼が大人しく捕まっているとは…」 その言葉に被さるように、耳をつんざくような轟音が屋敷を震わせた。ジェムは反射的にすぐそばの椅子にすがりつく。 そうして慌てて窓の外に目をやると、屋敷の反対側の一角から炎が噴き出しているのが見えた。 「へえ、すごいなあ」 同様に窓から身を乗り出したシエロが呑気な声を出す。 「すごいなぁ、じゃないですよ!! たいへんです、火事になっちゃいますよ。ど、どうしましょう」 「はい、慌てない慌てない」 動揺するジェムの頭をあやすようにぽんぽんと叩き、シエロはゼーヴルムに真剣な瞳をむける。 「ゼーヴルム」 「何だ」 彼もまた冷たい冬の海を思わせるその灰色の目で見返す。 「あそこにバッツくんが居る方に二十万ギーグル」 「…賭けにならんだろう」 むしろ賭けてる場合ではないでしょう。 泣きそうになりながらもすがるような目でゼーヴルムを見ると、彼はため息を一つつき扉の前に立った。 「とりあえず、現場に行くことが先決か」 「でも鍵が…」 「このようなもの」 ジェムの言葉さえぎるように彼は素早く身をひねる。 「なんの障害にもならない」 高く上がった足が扉に叩きつけられた。 ばきぃっ、と木の割ける音がして扉が破られる。ジェムは思わず身をすくませた。 完全に破壊された扉をゼーヴルムはこともなげに押し開けた。 「開いたぞ」 「おお〜」 シエロが賞賛の声をあげた。 「見事な回し蹴りだね」 ぱちぱちと手を叩く彼を無視してゼーヴルムはさっさと外に出ていく。 「うわっ、酷いな。置いていかないでくれよ」 彼を追いかけるシエロの後ろで、破壊された扉を見るジェムの目はなぜか恨めしげなものだった。 「うわっ! 熱…くない?」 とっさに腕で顔をかばったジェムは呆然と目を見開いた。さらにどこも火傷をしていないことを確かめ首をかしげる。 熱いことは熱かったのだが、この規模の炎を直に浴びたにしては、なんてこともない。さながら春のそよ風の如しだ。本来なら火傷の一つもしていなければおかしいのに。 「びっくりしたなぁ、まったく」 隣ではシエロが大袈裟に胸を撫ぜ下ろしている。 「よかったよ。たぶん手加減していたんだね」 でなきゃ今ごろ黒焦げだ、そう呟く声がジェムの耳に届いた。 「手加減って誰が、むしろどうやって!?」 部屋の中ではもはや手の付けようがない勢いで、真っ赤な炎が燃え盛っている。 この荒れ狂う獣のような炎は人間ごときの手で制御できるものとは到底思えない。まだこれでは野生のドラゴンを手懐ける方がずっと楽だろう。 目を丸くしていると、ぴんと人差し指を立てたシエロがにやりと笑った。 「それはもちろん、『シェシュバツァル』君に決まってるさ」 ずんずんと炎の中を進んでいくシエロを残された二人は慌てて追いかける。 確かに肌をあぶる炎はそれほど熱くない。ひっきりなしに汗がこめかみを伝うが、それも我慢できないほどではなかった。けれどもやっぱり熱いものは熱い。 「何故そう言い切れる?」 やはり辛そうに汗をぬぐうゼーヴルムが鋭い目でシエロを睨み付ける。 「おや、君にはもう分かっているはずだよ。彼は」 いったん言葉を切る。 「『火霊の愛し児』だ」 「そうか。特異能力者か」 眉をひそめ、ちっとゼーヴルムが舌打ちをした。 ひとり理解できずにいるジェムがおろおろと二人を見上げる。 そんな彼にシエロがにんまりと笑いかけた。
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