第一章 エピローグ「運命の歯車は回る」(1)

 

 「もうやめて! ギルバート様を責めないでっ」

 はっとして扉の方へ目をやると、数人の子ども達がわらわらと部屋の中に飛び込んで、アンジェリカを守るかのようにゼーヴルムの前に立ちふさがった。

 どの子どもも強い意思のこもった瞳でゼーヴルムをにらみつけている。

「本名はギルバートかい。意外に男らしいっちゅうか何と言うか…」

 シエロが緊迫した空気にまったくそぐわない不謹慎な感想をぼそっと述べる。

「おまえ達…」

 目を赤く腫らしたまま、アンジェリカは呆然と呟いた。

「そこをどけよ」

 バッツが顔をしかめ無造作に手を振る。

「何を勘違いしているかは知らねぇけど、こいつがおまえ達にした事を教えてやろうか?」

「いいえ。そのことでしたら僕たちはすでに知ってます」

 ジェムははっとして子ども達をまじまじと見つめた。

「それに失礼ながら、部屋の外で会話の一部始終を聞かせていただきました」

「ならば、それこそおまえ達がこの男をかばう理由はどこにもないはずだ」

 不快そうに眉をひそめたゼーヴルムに、少年のひとりがはっきり否と答える。

「この方は僕たちの主です。たとえ僕たちを騙していたのだとしても、僕たちにとってはかけがえのない方なんです」

「そんなふざけた格好をしなければ傍に居られないとしてもか?」

 彼らの中心に居た道化師の少年はこっくりとうなずいた。

「ギルバート様が孤独であられたように、僕らもまた孤独でした。
 働いていた船の親方から酷い仕打ちを受けていたり、実の両親に売られていた僕たちをギルバート様は助けて下さいました。
 住む所や食べる物を用意してくださった上に、どこに出しても恥ずかしくないようにと教育まで受けさせて頂きました。それまでの人生においては到底望むべくも無かったものを、ギルバートさまは与えて下さったのです」

 その時になって初めてジェムは、彼が自分と同じノルズリ(北の)大陸の人間であることに気付いた。

 アンジェリカが何よりも嫌う、この大陸の大多数を占める人種だ。

 強制されてか、それとも自ら進んでかは分からないが、道化に扮する様な真似をしてまでも彼はアンジェリカの傍に居たかったということなのだろうか。

「何と言われようと、僕たちはこの方の傍を離れるつもりはありません」

 はっきりそう言い放たれ、ゼーヴルムは深々とため息をついた。

 被害者である子どもたちの方からそう言われてしまえば、彼としてはこれ以上責めることは出来ないようだ。

「…違う。違うんだ」

 か細い声が子ども達の背後から聞こえる。アンジェリカは彼らに背を支えられながら力なく首を振った。

「私は、おまえ達を思ってそんなことをした訳じゃなかったんだ…」

「それでも、」

 道化師の姿に身をやつした少年はアンジェリカの前にひざまづく。

「僕たちは貴方のお傍に居たいのです」

 アンジェリカは顔を伏せる。再び小さな嗚咽が再び部屋を満たした。

 ジェムは意を決するとアンジェリカにそっと近づく。そして恐る恐る声を掛けた。

「あの、アンジェリカさん」

「なに」

 泣き腫らした赤い目が、ジェムを捉える。その目は彼が思ったよりもずっと真っ直ぐで、これまでのように無視されることはなかった。

 ジェムはわずかにためらった末、ごくりと唾を飲み込むと思った通りのことを言うことに決めた。

「こんなに慕われているあなたなんですから、きっと別の方法でも大切な人を見つけることが出来ると思うんです。あなたには、ちゃんとそのための力が備わってます。 ですから、その…。あの、頑張ってください」

 深々と頭を下げた彼の耳に微かな笑い声が聞こえた。ジェムはゆっくりと視線を上げる。

「…そうね。私はきっとやり方を間違えてしまったのね」

 ため息をつき、ひっそりと哀しげな笑みを浮かべた彼の姿はさながら聖母のようだった。




 結局アンジェリカが罪に問われることはなかった。

 彼は自分のしでかした事を正直に告白したが、彼ほどの有力者が逮捕されたとなれば街に対する影響も計り知れない。

 事を表ざたにしたくはないというのが、行政側の本音だったのだろう。

 この事件の少し後、アンジェリカは私財をもちいて孤児院を設立するが、ジェムたちがそれを知るようになるのは大分後の話である。

「子ども達はこれからどうなるのでしょうか」

 夜空には真円を描いて銀の月が浩々と光っている。

 街へと戻る道すがら、ジェムはふと首をかしげた。アンジェリカは馬車で街まで送ると言ったが、彼らはそれを断った。

「さあね。でもアンジェリカは自分が責任もって子ども達を帰すって言ってたから、大丈夫じゃないかな」

 そんな月にも劣らぬ金髪をひるがえし、シエロが肩をすくめる。投げやりな言い方だが口許はうっすらと笑っている。

「だけど本当にあいつの言う事を信じちまって良いのか?」

 バッツが不信げに眉をひそめた。闇夜の中でも全身に刻んだ刺青はよく目立つ。

「また同じことをしでかすようならもう一度、今度は徹底的に懲らしめてやればいいだけの話だ」

 鋭い灰色の瞳がぎらりと光を放ったような気がした。温度を感じさせない声音がはっきりと言葉を紡ぐ。厳しい表情のゼーヴルムの肩をシエロが軽く叩いた。

「そんな怖いこと言わなくても平気さ。どうなるかなんててんで見当もつかないけど、とりあえず信じてみよーぜ」

 それは案の定、何の根拠も説得力もない軽薄なセリフだったが、ジェムもそれに熱心にうなづいた。

「そうですね。きっと大丈夫ですよ」

 ――もう、無理やり誰かを傍に引き留めたりはしない。

 アンジェリカは最後に彼らにそう言った。

 そんなことをしてもただ悲しみが増すばかりと分かったから、と。  
 そして残った従者の少年たちを抱き寄せる彼の微笑みだけで、ジェムはアンジェリカを信じることができると思った。

「ああ。でも、これでやっと出発することができますね」

 ここまでの苦労を思い返して、ジェムの口からは自然と笑みがこぼれる。

 行方知れずになっていたバッツはようやく自由の身となることができたし、意外なところでギュミル諸島の代表者も見つけることが出来た。

 しかし六つの瞳がじっと自分を見ていることに気付くと、ジェムはおどおどと三人をうかがった。

「あ、あの。ぼく、何か間違ったことを言いましたか?」

「…いや。だが、翌日すぐに出発というわけにもいかないだろう」

「え?」

 眉間に皺を寄せ首を振るゼーヴルムを、思わず緊張して見てしまう。

「まだひとりたりない」

 あっ、とジェムは口を抑えた。一人ひとりを思わず目で追っていく。

 巡礼者は五人。

 自分たちは四人。

 完璧にあとひとり足りなかった。

 

    

 

 

 

 


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