| 「こんな事は前代未聞です」 始まりの神殿に仕える神官は、今にも倒れそうな顔色でえぐえぐと涙をぬぐった。 ここ二週間の心労に加え、三日三晩続いた会議のおかげでかなり寝不足なのだろう。目の下には黒々とした立派なクマが出来ている。 彼はまるで魂が抜けてしまったのかと思うほど、気の抜けた弱々しい声で決定事項を告げた。 「けれどもうしょうがないです。時間もあまりないことですし、アウストリ(東の)大陸の代表の方がまだいらしておりませんがこのまま出発していただきます」 結局、どんなに待っても巡礼の最後のひとりは現れはなかった。 一日、二日と日が過ぎるにつれて神官達の焦りも徐々に増してきた。 東の神殿に事の次第を訊ねたくとも、相手は遠い隣の大陸だ。早馬をとばしても丸一ヶ月はかかる。 話はいろいろとこじれにこじれたようだが、結局神官たちの深夜に及ぶ連日の会議の結果、とりあえずは四人は先に出発することに決まったのだった。 「一人足りなくとも問題はないのでしょうか」 その決定を受け入れた上で尋ねるゼーヴルムに、もはや白茶けた顔色の神官がふらふらと頭を振る。 「何とも言えませんが今回ばかりは仕方がありませんでしょう。これで良しといたします。その代わりといったら何ですが、あなた方にはまず最初の巡礼先として東の神殿に向かっていただかなくてはいけません」 本来でしたら巡礼の順序はあなた方が自由に決めるべきものですが、と神官は端から見ているといっそ痛々しいぐらい平身低頭に詫びを入れる。 それにはもちろん誰一人として異論を唱える者はいなかった。むしろ哀れすぎて仮に反論したくともできなかったというのが本当だ。 それでも神官は全員からの一応の了承を得ると、ぐぐっと背筋を伸ばし涙をぬぐって彼らに向かって高らかに宣言した。 「では、始まりの儀式を行いますので、皆様こちらにおいでください」
案内されたのはがらんとした聖堂だった。薄暗く蝋燭の灯りだけがゆらゆらと燈るそこは、ぴんと張りつめたような、あるいは厳かな空気が満ちあふれていた。 本来ならば、聖像や御神体が収められている台座は空っぽで、今は小さな箱がぽつんとひとつ置かれているだけだった。 「実はこの神殿は本来、神を奉る為に建てられたものではありませんでした。太古の昔、この巡礼の制度が始まった当初、その出発地点として建てられたのがそもそもの始まりなのです」 神官はその箱を手に取りいそいそと戻ってくる。そしてジェムたちの前でふたを開いた。 その中に在ったのは、透明な石をあしらった五つのペンダント。氷のように無色透明なその石は、しかし光を浴びるときらきらと七色の輝きを放つ。 「まさかデヴァイン・ブレス!?」 「すごい! エターナル・グローリーだ」 シエロとバッツは同時にそう言い、互いに顔を見合わせた。神官はうんうんと振り子のようにうなづく。 「そうです。これは『神々の祝福(デヴァイン・ブレス)』とも『永遠の慈悲(エターナル・グローリー)』とも呼ばれる秘石です」 「それは聖域である至福の島(イ・ブラゼル)でしか採れないんだろう」 目を見張ったバッツが食い入るように石を見ている。
「そうです。これを今から皆さんに授けますが、このペンダントは巡礼使節のシンボルであり証でもありますので、けしてその身から離さないで下さい」 神官が思わず不安そうな顔をしてしまうのは、まあ仕方ないことだろう。
だが神官はジェムたちを並ばせひざまずかせると、聖水に浸したそれを一人ひとりの首に掛けていく。 情けないという言葉をそのまま形にしたような男だが、さすがにこの時ばかりはなんだか立派に見えるから不思議だ。
神官は立ち上がった四人をそれぞれ見て順番に呼んでいく。 「では、ギュミル諸島代表、ゼーヴルム・D・ラグーン殿」 「はっ」 ゼーヴルムはその呼びかけにピシッと姿勢を正す。 「ヴェストリ(西の)大陸代表、シエロ・ヴァガンス殿」 「はいよっ」 シエロがまるで花のようににっこりと微笑んだ。 「スズリ(南の)大陸代表、シェシュバツァル・フーゴ殿」 「おう」 バッツはなぜかふて腐れて答える。 「そして、ノルズリ(北の)大陸代表、ジェム・リヴィングストーン殿」 「は、はいっ」 ジェムは慌てて返事をした。 神官は今までの喋り方とは全く違う、よくとおるはっきりした声で宣言する。 「五大神殿の名に於いて、あなたがたを第250代目の巡礼者として承認します。
神官は胸の前で両手を組み目を伏せると、最後の祈りを奉げた。 こうして『始まりの儀式』はつつがなく終わった。 意外なほどに短く、あまりにあっけない儀式。 けれどそれは同時に、彼らにとって長い長い旅の始まりだった。
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