第一章 プロローグ 「誰がために雪は降る」

 

 窓の外に目をやると、ちらちらと小雪が舞っていた。

「寒いと思った…」

 少年は、はーとかじかんだ手に息を当てる。白く色付いた吐息が彼の指先にほのかなぬくもりを与えた。

 ページをめくる音が普段より硬い気がするのは、雪が湿気を吸い取っているからだろうか。誰もいない書庫では紙の擦れる音と、燭台の炎の揺らめく音、そしてペンを走らせるカリカリという音がやけに大きく聞こえた。

 インク壷の中にペン先を浸したその時、何の前触れもなく扉が開いた。

「ああ、やっぱりここにいたんだな」

 冷たい隙間風と共に室内に飛び込んで来たのは、制服をルーズに着こなした少年だ。シャツのボタンの上二つを外し、裾をだらしなく外に出している。タイは丸めてポケットにでも詰め込んでいるのだろう。しかし不思議と下品な印象はなかった。

「部屋にいないからここだろうと思った。しっかし、寒いなぁ、ここは。ほとんど外と変わらないじゃないか」

 そう言って親しげな仕種で隣の席に腰をおろす。そして両手を組んでごしごしと二の腕をこすった。

 図書室の横にある書庫は、本棚と机があるだけで暖炉どころか暖房器具すらない。それでもここは少年のお気に入りの場所だった。

「寒いほうが頭がはっきりして効率が上がる…ような気がするんだ」

「…まあ、コートを着てるなら風邪もひかないだろうけどな。あれか。またレポートを書いているのか?」

 彼の言葉に少年はうなずいた。

「このあいだの試験、落としちゃったから」

「おいおい、何度目だよ。もしかすると科目全部落としてるんじゃないのか!」

「いや…、まだあと二つ返却残っているし」

「つまりそれ以外は落としたってことだな」

 ため息をつき、後から入ってきた方の少年は首を振る。

「おまえとことん本番に弱いのな。レポートだとかなりいい点取れるのに…。だから教授たちもレポート提出で挽回させてくれてるんだろうけどな」

「プレッシャーに弱いのかもね」

「なに人事みたいに言ってんだよ。以前はそうじゃなかったんだろ?」

 その言葉に曖昧な微笑みを返し、少年は首をかしげた。

「それで君はいったいどうしたんだい。なんだかぼくを探していたみたいだけど」

「そうだった」

 彼はふいと顔をしかめ口篭もる。

「今の話を聞いた後だと、かなり言いづらいな。複雑な心境ってやつだ」

「悪い話かな」

「さあ、分からない。ただ学長がおまえを呼んでいるらしいんだ」

 少年の顔がこおりつく。

 学長はこの学院の中ではもっとも偉い立場にいる人物だ。そんな人物に呼ばれるとは並大抵のことではない。

「とりあえずすぐに学長室に行ったほうがいいぞ」

 級友の言葉に彼はうなずいた。

    

 

 

 


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